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静岡地方裁判所 平成7年(行ウ)6号 判決 1997年10月24日

静岡県浜松市上西町一一九五番地の三

原告

株式会社新容工業所

右代表者代表取締役

福田豊

右訴訟代理人弁護士

三井義廣

静岡県浜松市砂山町二一六番地の六

被告

浜松東税務署長 増井信男

右指定代理人

清野正彦

平澤恭一

山岡千秋

寺田弘明

小木一一

佐藤信吉

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し平成五年六月二九日付でした次の各処分を取り消す。

(一) 平成元年八月一日から平成二年七月三一日までの課税期間の消費税の更正のうち、課税標準額三億七七七九万三〇〇〇円、納付すべき税額二二六万六七〇〇円を超える部分

(二) 平成二年八月一日から平成三年七月三一日までの課税期間の消費税の更正(消費税更正処分については別紙「本件課税処分等の経緯」別表2中の「審査採決」欄記載のとおりに、過少申告加算税賦課決定処分については同表2中の「異議決定」欄記載のとおりにそれぞれ一部取り消された後のもの)のうち、課税標準額四億三九五七万四〇〇〇円、納付すべき税額二六三万七四〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定

(三) 平成三年八月一日から平成四年七月三一日までの課税期間の消費税の更正のうち、課税標準額四億〇九九七万円、納付すべき税額二四五万九八〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告の消費税の申告

原告は電気メッキ業を営む会社であり、毎年八月一日から翌年七月三一日までを一事業年度とする。原告は被告に対し、平成元年八月一日から平成二年七月三一日まで、同年八月一日から平成三年七月三一日まで、及び同年八月一日から平成四年七月三一日までの各事業年度(以下順次「平成二年七月期」、「平成三年七月期」、「平成四年七月期」という。)を各課税期間とする消費税について、別紙「本件課税処分等の経緯」(以下「別紙課税処分等経緯」という。)中の「確定申告」欄記載のとおり、課税標準額、消費税額等所要の事項を記載した申告書を提出した。

2  被告の更正等

被告は原告に対し平成五年六月二九日付で、平成二年七月期、平成三年七月期及び平成四年七月期のそれぞれの申告について、別紙課税処分等経緯中の「更正及び賦課決定」欄記載のとおりの更正及び過少申告加算税賦課決定をした。

3  異議申立及び審査請求の経緯

原告は被告に対し、同年八月二四日、本件処分を不服として異議申立をしたが、被告は同年一一月一八日付でそれぞれ別紙課税処分等経緯中の「異議決定」欄記載のとおりの決定をした。原告は国税不服審判所長に対し、同年一二月一六日、右決定を不服として審査請求をしたが、国税不服審判所長は、平成七年六月二〇日付でそれぞれ別紙課税処分等経緯中の「審査採決」欄記載のとおり棄却の採決をした(以下これらの処分を併せて「本件各処分」ということがある。ただし、平成三年七月期の申告にかかる処分については右異議決定及び審査採決後の処分をいうこととする。)。

4  原告の不服の内容

本件各処分は、発注元企業のうちスズキ株式会社、ヤマザキ株式会社及び株式会社マッキンリーから単にメッキ加工を施すために原告に支給された原材料に過ぎない部品の代金相当額を原告の課税売上金額に算入した上、納付すべき消費税額(及び平成三年七月期及び平成四年七月期については過少申告加算税額)を算出した点において誤りがあり、いずれも違法であるから取り消されるべきである。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実(原告の消費税の申告)、同2の事実(被告の更正等)及び同3の事実(異議申立及び審査請求の経緯)はいずれも認める。請求原因4の主張は争う。

三  抗弁

1  原告が納付すべき消費税額

原告が本件各課税期間に応じて納付すべき消費税額は次の(一)、(二)及び(三)のとおりに計算される。このうち、各課税期間にかかる課税標準額は、それぞれの期間の売上等の合計金額に一〇三分の一〇〇を乗じて年三パーセントの割合による消費税分を除いた金額(国税通則法一一八条により一〇〇〇円未満の端数を切り捨てる。)である。各課税期間の売上等の合計金額の明細は別紙「売上等の金額明細表」(以下「別紙売上明細表」という。)記載のとおりである。このうちスズキ株式会社、ヤマザキ株式会社及び株式会社マッキンリー(以下これら三社を併せて「スズキ等三社」ということがある。)との取引における売上等の金額は、原告がスズキ等三社に販売した製品の対価の額である。本件に適用される消費税額の税率は課税標準額の三パーセントである。原告は、平成元年九月二七日消費税法三七条(平成三年法律七三号による改正前)に定める届出書を被告に提出したことから、簡易課税制度の適用を受けることになり、同条所定の中小事業者の仕入れに係る消費税額の控除の特例が適用されて、控除対象仕入税額は消費税額の一〇〇分の八〇となる。納付すべき税額は消費税額から控除対象仕入税額を控除した額(国税通則法一一九条により一〇〇円未満の端数を切り捨てる。)となる。

(一) 平成二年七月期

(1) 売上等の合計金額 五億〇二二七万一五〇六円

(2) 課税標準額 四億八七六四万二〇〇〇円

(3) 消費税額 一四六二万九二六〇円

(4) 控除対象仕入税額 一一七〇万三四〇八円

(5) 納付すべき税額 二九二万五八〇〇円

(二) 平成三年七月期

(1) 売上等の合計金額 五億七四九八万二八六五円

(2) 課税標準額 五億五八二三万五〇〇〇円

(3) 消費税額 一六七四万七〇五〇円

(4) 控除対象仕入税額 一三三九万七六四〇円

(5) 納付すべき税額 三三四万九四〇〇円

(三) 平成四年七月期

(1) 売上等の合計金額 五億六六〇六万四七六八円

(2) 課税標準額 五億四九五七万七〇〇〇円

(3) 消費税額 一六四八万七三一〇円

(4) 控除対象仕入税額 一三一八万九八四八円

(5) 納付すべき税額 三二九万七四〇〇円

2  スズキ等三社に対する売上等の金額

(一) 消費税の課税標準のうち、課税資産の譲渡等に係る消費税の課税標準は、原則として、課税資産の譲渡等の対価の額であり(消費税法二八条一項)、資産の譲渡等とは、事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付並びに役務の提供をいう(同法二条一項八号)。ここに課税資産の譲渡という場合の譲渡は、私法上用いられる譲渡と区別して用いられるべき理由はないから、これと同義に理解すべきである。すなわち、資産の譲渡は通常は売買等当事者間の合意によって行われ、それが特定物の目的とするものであれば原則として合意と同時に、また不特定物を目的とするものであれば目的物の特定と同時に所有権が移転し、これによって譲渡行為が完成する。

(二) 事業者が他の事業社から原材料の支給を受けてこれに加工を施した上、完成品を当該他の事業者に引き渡す場合の契約には、原材料を売買等により有償で引渡を受けてする製造販売にあたるものと、無償で引渡を受けて預かり、これに加工をする賃加工にあたるものとがある。前者の場合には、加工を行う事業者の消費税の課税標準となるべき課税資産の譲渡等の対価の額は、原材料相当額を含む完成品の譲渡の対価の額である販売代金額がこれにあたり、後者の場合には、加工は役務の提供であり、加工賃相当額が消費税の課税標準となる。

もっとも、事業社が他の事業者から有償で原材料の支給を受けている場合であっても、当該他の事業者が原材料引渡後もこれを自己の資産として管理し、管理に伴う危険も負担し、かつ、事業者も他の事業者のする管理を受け入れているときには、その取引の実態が加工等を行うための預け又は預かりと同じであると見られるから、結局所有権も実質的に移転していないものとして、資産の譲渡はなかったものとみなされることになる。

(三) スズキ等三社との取引において、原告は、加工のために支給される原材料である部品をスズキ等三社から売買により取得している。この事実は、原告のみならずスズキ等三社もその趣旨の会計処理をしていることから明らかである。

すなわち、スズキは、原告に支給した部品の代金を、消費税を加算の上、当該部品の引渡日を基準として毎月原告に請求し、その旨の経費処理をしている。これに対して原告は、スズキに対する請求を締め切った月の翌月に、完成品の売上代金を自働債権とし、スズキの原告に対する部品代金債権を受働債権として相殺する方法で右部品代金を支払っている(なお、スズキは、下請代金支払遅延等防止法四条に基づき、早期相殺防止のために、請求額のうち二六パーセント相当額は、一か月繰り延べて原告からの支払を受けている。)。また、原告は、加工を施してスズキに納品した完成品の代金を、消費税を加算の上、毎月スズキに請求し、スズキは、請求月の翌月にその代金のうち右相殺後の残金を支払う方法で決済し、その旨の経理処理をしている。

ヤマザキとの取引についても同様である。ヤマザキは、原告に支給した部品代金を、消費税を加算の上、当該部品の引渡日を基準として毎月原告に請求し、その旨の経理処理をしている。原告は部品代金を、請求月の翌月に完成品の売買代金と相殺する方法で支払っている。また、原告は、加工後の完成品の代金を、消費税を加算の上、毎月ヤマザキに請求し、ヤマザキは、請求月の翌月にその代金のうち右相殺後の残金を支払う方法で決済し、その旨の経理処理をしている。

さらに、マッキンリーとの取引についても事情は同じである。マッキンリーは、原告に支給した部品代金を、消費税を加算の上、部品の引渡日を基準として毎月原告に請求し、その旨の経理処理を行っている。原告は、部品代金を、請求月の翌月に完成品の売上代金と相殺する方法で支払っている。また、原告は、完成品の代金を、消費税を加算の上、毎月マッキンリーに請求し、マッキンリーは、請求月の翌月にその代金のうち相殺後の残金を支払い、その旨の経理処理を行っている。

原告が主張するように、スズキ等三社に対する課税売上高が加工賃のみであるとすれば、加工賃は加工に要した材料費、人件費等を合計して算出し、経理処理もそれに応じた方法が採られるべきものであるが、原告の場合にはそうではなく、毎月の売上金額から毎月の原材料等の仕入金額を控除した上、控除後の金額を総勘定元帳の収入科目である「売上高」に計上しているのであるから、これを加工賃であるということはできない。原告は、決算にあたっても、毎事業年度末に原告が保有するスズキ等三社から支給を受けた原材料等を棚卸資産として決算書に計上し、通常の会計処理と同様に、期首棚卸資産の金額を売上原価に加算するとともに、期末棚卸資産の金額を売上原価から減算する等売買を前提とした処理をしている。

通常、会計処理は当事者間の法律行為の性質に沿ってなされるものであるから、原告は、右支給部品が売買により原告が所有権を取得したとの認識を有していたというべきである。原告は、本件支給にかかる契約が原告の自由意思により締結されたものでなかったように主張するが、売買契約の方式によりなされることに異議があるというのであれば、スズキ等三社以外にも多数の取引先を有する原告としては、スズキ等三社との間で契約を締結しないこととすれば足りる。

(四) 先に触れたとおり、原材料を有償で支給した場合であっても支給した事業者がその後も自らの資産として管理を続けている場合には、なお原材料の所有権は移転していないとすべき余地がある。しかし、スズキは原告に部品を引き渡した後は、その数量の管理すらしていない。ヤマザキは原告から部品の在庫数量の報告を受けるなどしているが、それは、原告の加工にかかる完成品を他に納入する都合上その数量を管理するためであるし、マッキンリーが原告から在庫の数量を報告させているのは、早期相殺防止規定に従って早期相殺を防止するために支給した部品代金の相殺を原告から納品される完成品の代金支払磁気に合わせていることから、未完成部品金額を算定するためである。いずれにしても、スズキ等三社が自己の所有物として原材料を管理していたものではないし、管理に伴う危険を負担していたのでもない。むしろスズキ等三社は、原告との契約により、原材料部品の引渡後は、紛失等の危険は原告が負担すべきことを明示していた。原告の主張するように、売買契約の方式を採用したのは、もっぱらスズキ等三社が本件原材料の引渡後の紛失、盗難あるいは加工、運搬の際の破損、加工の失敗による半製品の損失等についての危険を原告に負担をさせるためであったというのであれば、その旨危険負担に関わる合意をしておけば足りるものであって、わざわざ売買とする必要はない。

(五) 原告は、被告の主張する別紙売上明細表記載のスズキ等三社に対する売上等の金額のうち別紙「取引区分」記載(但し、原告主張の平成四年七月期の加工賃合計額の欄記載の四三五九万六三七四円は四〇五九万六三七四円の誤りであるので訂正する。)の各課税期間にかかる各支給部品代相当額は除かれるべきであると主張して本件各処分を争っているのであるが、原告の主張に理由のないことは以上のところから明らかである。原告とスズキ等三社との間の各契約においては、原材料部品はいずれも売買契約に基づき原告の所有に帰し、スズキ等三社は、原告によってメッキ加工が施された後に完成品を買い取っているのであるから、原告がスズキ等三社に対する課税売上から部品相当額を控除することは許されない。

原告は、スズキとの契約により、原告がスズキから供給された部品を自由に処分できないなどの制約があることを根拠にして、原材料の所有権が原告に移転していないと主張するが、それらは所有権移転を前提にした債権的な制約である。

原告は、原材料の単価設定が通常の売買におけるように算出されているわけではないとも主張するが、スズキについては合理的な単価の定めがあり、ヤマザキ及びマッキンリーについても、少なくとも各部品についてそれぞれ単価が設定された当時においては製造原価を反映した単価であったということができる。そもそも、本件の原材料部品は加工の上で原告から再度スズキ等三社に販売することが予定されているものであって、通常は、右原材料が滅失、毀損又は紛失したときにその危険を原告が負担する場合の基準価格としての性格を有するものであるから、スズキ等三社において販売単価、購入単価を常々見直し、その都度改定する経済的必要性は乏しい。そのことを考慮すると、右の単価が結果的に製造原価を割り込むことがあったとしても、そのような単価設定が売買代金に係る単価設定として不合理であるとはいえない。

原告は、簡易課税の方法による利害得失についても主張するが、簡易課税の方法は、事業者の納税事務の負担を軽減する趣旨で設けられたものである。もっとも、その方法によるかどうかが事業者の選択にまかされているために、事業者は、納税事務の簡素化という観点のみならず、実際の仕入率とみなし仕入率との比較を念頭に置いて税負担の上で有利と思われる方を選択することがある。しかし、消費税の課税標準である「課税資産の譲渡等の対価の額」は課税資産の譲渡等の客観的な対価の収受によって一義的に決せられるものであり、事業者が簡易課税の方法を選択していたかどうかにはかかわりがない。実際にも原告が簡易課税の方法を選択することによって加工賃収入を超える消費税を負担した事実はない。

3  過少申告加算税賦課決定の算出

原告が支払うべき平成三年七月期及び平成四年七月期における過少申告加算税は、更正処分による納付すべき消費税額から原告が納付すべき消費税額として申告した額を控除した残額(国税通則法一一八条三項により一万円未満を切り捨てると、平成三年七月期は七一万円、平成四年七月期は八三万円となる。)に一〇〇分の一〇を乗じて得られる額(平成三年七月期は七万一〇〇〇円、平成四年七月期は八万三〇〇〇円となる。)である。

4  結論

以上のとおり、原告が平成二年七月期、平成三年七月期及び平成四年七月期において納付すべき消費税額は、それぞれ二九二万五八〇〇円、三三四万九四〇〇円及び三二九万七四〇〇円であるところ、本件処分に係る原告の納税すべき消費税額は別紙課税処分等経緯中の「更正決定及び賦課決定」及び「審査請求」欄に記載されたとおり、それぞれ二九二万三八〇〇円、三三四万九三〇〇円及び三二九万二六〇〇円であり、いずれも各課税期間に応じて原告が納税すべき消費税額の範囲内であるから、被告の本件各更正処分はいずれも適法である。

また平成三年七月期及び平成四年七月期の過少申告加算税賦課決定額はそれぞれ被告主張の額となるから、被告の過少申告加算税賦課決定処分はいずれも適法である。

四  抗弁に対する認否及び反論

抗弁事実のうち、原告が平成元年九月二七日消費税法三七条(平成三年法律七三号による改正前)に定める届出書を被告に提出したことから、簡易課税制度の適用を受け、同条所定の中小事業者の仕入れに係る消費税額の控除の特例により、控除対象仕入税額は消費税額の一〇〇分の八〇となること及び被告が主張する納付すべき税額及び過少申告加算税算出の計算関係を認め、計算のもととなる売上げ等の金額を含めたその余を否認する。

被告は、別紙課税処分等経緯記載のとおり、スズキ等三社が原告に引き渡した部品が有償支給となっていることを根拠にして、その所有権が原告に帰し、加工後再度スズキ等三社に納品された際の課税売上高には当該部品代相当額が含まれると主張するが、スズキ等三社が加工を発注した部品の所有権は原告に移転していない。その理由は以下に述べるとおりであり、別紙売上明細表記載のスズキ等三社に対する売上等の金額のうち別紙取引区分記載の各課税期間にかかる各支給部品代相当額は課税売上から除かれるべきである。そして、スズキ等三社については、原告の受領する加工賃を課税売上高とし、これに一〇三分の一〇〇を乗じて課税標準額を算出し、これに一〇〇分の三を乗じて消費税額を算出すべきものである。

(一)  原告がスズキ等三社から支給された部品はメッキ加工の対象物であり、加工作業に際して消費される原材料等のように加工する物に所有権が移転しなければならないものではない。完成品は、原材料部品に付加価値が上乗せされて物自体の同一性を保ちつつ再びスズキ等三社に納品される。取引の形式はどうあれその実態は所有権の移転を目的とするものではない。また、原告は原材料部品の供給をスズキ等三社から受けるほかないし、完成品をスズキ等三社以外の者に売却したり、自ら適宜に消費することは許されない。すなわち、原告はこれらの原材料の使用、収益、処分の権限を有しない。

(二)  このような性質を有する原材料部品は本来であればスズキ等三社から無償で支給(一時的貸与)されるべきものであり、従来は無償支給されていた。もっとも、無償支給のもとでは、紛失等の事故があった際に損害の負担額を確定するために原因を解明しなくてはならず、もめ事が生じる余地もあった。スズキ等三社は、このような事情もあり、原材料の紛失、盗難、加工や運搬の際の破損、メッキ加工の失敗による半製品の損失等、管理等に関する責任を一方的に原告に負担させるために、もっぱらスズキ等三社の都合によって売買の形式を採用したものである。このように無償支給とされていたものが現在のように有償支給とされるについて原告としては何らの異議をも唱えることができなかった。とはいえ、有償支給はこのような危険負担の問題を解決するために選択された一つの方法であり、実態が売買であるという理由にはならない。

(三)  スズキ等三社は部品を有償支給する形式を採用しているが、物の価値に基づいて支給の対価の額を算出しているわけではない。ヤマザキは無償支給を有償支給とした当初に設定した単価を改定することなく本件当時に至るまで用いており、現状では単価が製造原価を下回っているものもある。マッキンリーも同様な事情にあり、有償支給の単価が現在の製造原価を下回っている状態にある。スズキについては、前工程原価に管理費相当金額として約三パーセントを加算した単価を採用してはいるものの、所有権を移転する場合に通常行われる算出の方法とはいえない。

(四)  被告の主張するとおり(抗弁2の(二))、原告はスズキ等三社との取引により支給をうける原材料部品を自己の資産として計上するような経理処理をしているが、それはたまたま採用された有償支給という形式に合致させるためにしていることに過ぎない。

(五)  簡易課税方式をとった場合に、原告のように他の事業者から原材料部品の支給を受け、これに加工を施すことを事業とする者にとっては、完成品の価格に占める加工賃割合が低い例では、消費税が加工賃を上回ることすらある。そのようなときには簡易課税の方法によらないこととすればよいわけであるが、簡易課税方式を採用するか否かは事業者の選択にまかされているといっても、取引の相手が複数に及び、有償支給の場合と無償支給の場合とが混在する場合には、その取引の相手方によって簡易課税方式によったりよらなかったりする自由はないし、また、一旦簡易課税方式を選択する旨の届出書を提出した場合には、提出した日の翌課税期間の初日から二年を経過する日の属する課税期間においては、簡易課税の適用を取り止めることはできない。このような事情の下では、右のような不合理は事業者がこれを甘受するほかないことになる。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因事実は当事者間に争いがない。また、抗弁事実のうち、原告が平成元年九月二七日消費税法三七条(平成三年法律七三号による改正前)に定める届出書を被告に提出し、これによって簡易課税制度の適用を受けることとなり、同条所定の中小事業者の仕入れに係る消費税額の控除の特例により、控除対象仕入税額は消費税額の一〇〇分の八〇となること及び被告が主張する納付すべき税額並びに過少申告加算税の算出の計算関係は当事者に争いがない。そうすると、本件における争点は、スズキ等三社が原告に支給した部品に加工を加え再度スズキ等三社に納品した場合の右部品代相当額が課税標準額に算入されるべきか否か、いいかえると、加工のために原告に支給された部品の所有権はこれによってスズキ等三社から原告に移転したといえるのかどうかである。

二  消費税の課税標準のうち、課税資産の譲渡等に係る消費税の課税標準は、原則として、課税資産の譲渡等の対価の額であり(消費税法二八条一項)、資産の譲渡等とは、事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付並びに役務の提供をいう(同法二条一項八号)。したがって、事業として対価を得て行われる課税資産の譲渡の対価の額は消費税の課税標準となる。この場合の譲渡の意義は、私法上用いられる譲渡と区別して用いられるべき理由もないから、これと同義に理解するのが相当である。

そうだとすると、取引の実質に照らして、当事者間で客観的に所有権の移転を目的とする有償の合意があったと見られれば、原則としてこれによって所有権が移転し、消費税法上の譲渡もあったものと認めるべきである。合意が客観的にいかなる性質を有するかを判断するにあたっては、当事者の動機や合意に至る経緯がその一資料にはなりうるが、契約の当事者はそれぞれの思惑をもって契約に臨むのが通常であり、それらの思惑の一々によって合意の性質が決まるものではない。

ところで、原告は、スズキ等三社との取引において、スズキ等三社が加工のための原材料部品を売買契約に基づき原告に引き渡し、双方ともその旨の経理処理をしていること、原告がスズキ等三社に対して完成品を売買契約により引き渡し、双方ともその旨の経理処理をしている事実(抗弁2の(二))を認めて争わず、ただそれが単に形式だけのものであって、実質は原材料部品は終始スズキ等三社の所有に属する趣旨の主張をし、幾つかの根拠を挙げている。そこで、以下それらの点について判断する。

三1  甲第一号証ないし第四号証、乙第三号証ないし第五号証、第六号証の一、第七号証の一ないし三、第八号証、第九号証ないし第一二号証、第一三号証の一、二、第一五号証ないし第一八号証、証人山崎隆の証言及び原告代表者福田豊の本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

(一)  原告会社は昭和三九年に設立された会社で電気メッキ加工を業としている。平成四年当時は従業員が二〇数人おり、発注先業者は六、七〇社あった。このうちメッキ加工の対象となる原材料部品を有償支給して来る業者はスズキ等三社だけであった。

(二)  原告とスズキとの取引では、当初から原材料部品は有償で支給されていた。取引の詳細は購買基本契約書(乙第六号証の一)に定められている。右の契約書は、原告は右契約書の定めるところに従ってスズキが発注した部品を継続的にスズキに納入し、スズキはこれを買い受けるべきこと(第一条)、スズキが原告から納品された加工済みの部品の代金を支払う場合には、スズキは原告に支給した原材料部品の代金を含むその他の原告に対する金銭債権と相殺することができること(第七条二項)、スズキが部品の仕様変更等を行う場合は、原告の在庫状況を充分考慮し、原告に損害が発生しないよう最大の努力をはらうものとし、原告に損害が発生したときは、原告の申出によりスズキと原告とが協議の上、スズキから原告に対し原告に発生した損害を補償すべきこと(第八条四項)、支給された部品を原告がスズキに返還したときは、スズキはその支給単価に基づいて買い取るべきこと(第二三条四項)などを定めている。なお、そのほかに、スズキが原告が支給する部品の所有権は、有償支給の場合には、原告がその代金を完済したときにスズキから原告に移転するものとする(第二一条)、原告がスズキに納入した部品の所有権は、検収完了のときに原告からスズキに移転する(第一二条)とも定めている。

こうしてスズキは、原告にメッキ加工を依頼する取引において、原材料部品を売り渡し、加工後の完成品を原告から買い受けるとの認識に立ち、支給済みで未だ完成品の納入がない部品については決算の在庫に計上することがない。原材料部品の取引に当たっては、スズキの製造原価に代えて前工程原価にスズキの管理費用として三パーセントを加えた金額をもって支給部品の単価としている。スズキは原告からなんらの在庫報告を受けておらず、また在庫管理もしていない。

スズキは、原告に支給した原材料部品を課税売上とし、部品代金に消費税を加算した上、当該部品の引渡日を基準として、毎月原告に請求し、その旨の経理処理をし、他方原告は、メッキ加工を施した当該部品の完成品の代金に消費税を加算の上、毎月スズキに請求し、双方は互いの請求を締め切った月の翌月に完成品の売上代金請求権と部品代金請求権とを、それぞれの品物の個性によることなく、総額で相殺する方法によって決済している(もっとも、スズキは、請求月支給分の原材料部品の代金のうち二六パーセントは原告における在庫相当額として当月の相殺からは留保している。)。

(三)  原告とヤマザキとの取引は昭和四七、八年ころ始まり、ヤマザキから支給される原材料部品は無償支給とされていたが、取引数量が増加するに従って、支給した部品とヤマザキに納入された製品との数量違いが生じ、その責任の所在をめぐって紛争となることもあった。そこでヤマザキは、昭和五一、二年ころから取引を有償支給に変更し、数量違いの危険を原告に負担させ、併せて加工の失敗等が発生しないように努めさせることとし、原告も一旦は無償支給の形態を続けて貰いたいと希望を伝えたが、結局はこの変更を受け入れて現在に至っている。

ヤマザキは、原告にメッキ加工を依頼する取引において、原材料部品を売り渡し、加工後の完成品を原告から買い受けるとの認識に立ち、支給済みで未だ完成品の納入がない部品については決算の在庫に計上することがない。原材料部品の取引に当たっては、ヤマザキの製造原価を支給の際の単価とする考えに立っているが、取引の当初単価設定をしたまま具体的な積上によって設定しなおしていないために、品物のうち半分くらいは支給単価が製造原価を割っている状態にある。しかし、取引の性質上、支給部品の単価は主として部品の紛失等の事故があった場合に加工業者が負担する損失の基準としての意味を有するものであり、事故がほとんどないこともあって支障は生じていない。ヤマザキは工程管理、すなわち完成品の需要者への納入の都合上、加工のために原告に支給した部品と加工後ヤマザキに納入された完成品の数量を管理しているほか、年二回原告における在庫の報告を受けて、ヤマザキ内の数量管理との相違がないかどうかを把握している。

ヤマザキは、原告に支給した原材料部品を課税売上とし、部品代金に消費税を加算した上、当該部品の引渡日を基準として、毎月原告に請求し、その旨の経理処理をしており、原告は、メッキ加工を行った当該部品の完成品の代金に消費税を加算の上、毎月ヤマザキに請求し、双方は互いの請求月の翌月に完成品の売上代金請求権と部品代金請求権とを相殺する方法で決済している。

(四)  マッキンリーは、原告にメッキ加工を依頼する取引において、原材料部品を売り渡し、加工後の完成品を原告から買い受けるとの認識に立ち、支給済みで未だ完成品の納入がない部品については決算の在庫に計上することがない。受払在庫を記帳して数量管理をしているほか、原告から毎月一度在庫数量の報告を求めている。報告を求める趣旨のうちには下請代金支払遅延等防止法の早期相殺防止規定との関係から未完成部品金額を確定して置く意味がある。マッキンリーは取引開始当時に原告との間で設定された製造原価を基本として部品の単価を設定しているため、現在では製造原価よりも有償支給単価が下回った状態にある。

マッキンリーは、原告に原材料部品を支給した場合に、これを課税売上とし、部品代金に消費税を加算した上、当該部品の引渡日を基準として、毎月原告に請求し、その旨の経理処理をしている。他方、原告は、メッキ加工を行った当該部品の完成品の代金に消費税を加算の上、毎月マッキンリーに請求し、双方はそれぞれの請求月の翌月に完成品の売上代金請求権と部品代金請求権とを相殺する方法で決済している。

2  右に認めた事実をもとにすると、当事者の客観的な意思は、スズキ等三社が一旦原告に原材料部品を売り渡し、その上にメッキ加工をすべきことを依頼し、原告は加工が終わった部品を再びスズキ等三社に売り渡す趣旨であることは明らかである。なお、原告とスズキとの取引については、原材料の所有権は、原告が代金をスズキに支払ったときにその所有権がスズキから原告に移転するとの定めが置かれているのであるが、他方で加工後の完成品の所有権もスズキにおいて検収が終わったときにスズキに帰すると定められているところであって、すべての場合に右のとおり相殺をすることによって代金の決済が終わるものであるから、結局所有権の移転の事実を否定するには足りない。原告は、スズキ等三社から支給された原材料部品が原告の手元で消費されることもなく、契約により他に処分することができない定めとなっているなどの事情があるから、原材料部品の所有権が原告に移転したとはいえないと主張する。しかし、買主が手元で消費することを予定しない品物を売買することは幾らでもあることであるし、取引の性質上スズキ等三社は原告に支給した原材料部品が加工後完成品となって再度スズキ等三社に納入されることを予定しており、そのことが反面で原告の全量買取の期待ともなっているのであるから、スズキ等三社が支給した部品が後にすべて納品されることを求めるのは当然であり、その前提として支給した原材料部品の自由な処分が契約により制限されることとなっても、スズキ等三社と原告との原材料部品の取引が売買でないとする理由になるとは考えられない。

3  原告は、無償支給が有償支給に変更されることに何らの異議をも唱えることができなかったとの事情を述べるが、ヤマザキについては原告から無償支給の継続を希望する旨申し入れたことは右のとおりである。当事者間の経済的優位等の事情により契約の形態が左右されることがないではないであろうが、それによって契約の性質が変わるものではない。原告の意に添わない契約態様になったというのであれば、むしろ原告としては、有償支給が売買であり、スズキ等三社にとってはこれにより部品の紛失、盗難、加工の破損等による危険を原告に負担させる積極的な意味があり、反面で引渡に伴って滅失等の危険をすべて原告が負担することになるとの認識を有していたというべきである。

4  原告は、スズキ等三社は原材料部品の原告への売渡価格を物の価値に基づいて算出していないと主張し、そのことを根拠に売買は形式的なものであり、原材料部品は実質的に終始スズキ等三社に帰属しているという。しかし、前認定のとおり、スズキについては一応合理的な単価の定め方をしているといえるし、ヤマザキ及びマッキンリーにしても、一旦は合理的な方法によって単価を定めた事情にあり、このことに、原材料部品がやがて完成品となってヤマザキ等に納品されるのであるから、手間をかけて時々の正確な単価を積算することが却って経済的合理性に反することを考慮に入れれば、仮に単価が部品の製造原価を下回る事態が生じたとしても、直ちに右の単価が意味のないものであるということはできない。原告本人尋問の結果中には、原告の側では、スズキ等三社が定める単価の意味がわからないままに指示に従って取引を続けているとする部分があるが、スズキ等三社が定めるにしても単価が全く意味のないものであるとの趣旨をいうものではあるまい。

5  先に示したとおり、原告及びスズキ等三社との間でメッキ加工の対象となる部品及び加工後の完成品はいずれも売買により所有権が移転したことを前提とする経理処理がなされていることは当事者間に争いがない。そして、右に認定、判断したところからすると、その経理処理は当事者の右の認識を反映したものということができる。

6  ヤマザキ及びマッキンリーが、原告に発注した部品の在庫数量について報告を求める等してある種の管理をしているにしても、それは各社の将来の販売等を見越した調整行動の一環であるに過ぎず、発注により引き渡した後再度部品を買いとるときまで自己の資産として管理する趣旨であるとは到底認めがたい。

7  原告は、完成品に占める加工賃の割合が小さい取引の例を挙げて、そのような場合に一旦簡易課税の方法を選択してしまうと加工賃より消費税が高額となる事態が生じても、その不合理を避けることができないおそれがあると主張するけれども、本件における原告とスズキ等三社との取引がそのような場合に当たると認めるべき証拠は皆無であるから、そもそも主張自体失当ともいうべきであるが、一般的にいっても、事業者が簡易課税の方法を選択するかどうかは事業者の選択に任されているわけであり、その際に事業者は自己の平生の取引内容、その将来を十分吟味することもできる。簡易課税の方法を選択した事業者は、その旨の届出をした日の翌課税期間の初日から二年を経過した日以後でなければ簡易課税の方法によらないこととすることができないという制限(消費税法三七条三項)があるものの、消費税法の基準期間の制度その他の事情を考慮すると、そのような制限をもって不当なものともいい難い。

8  そうすると、原告とスズキ等三社との取引は、スズキ等三社がメッキ加工のために原告に原材料部品を売り渡し、原告はこれに加工を施した上、完成品を再度売買によってスズキ等三社に引き渡していたものと評価するのに防げがないというべきである。これに反する原告の主張はいずれも理由がないか、又は右の判断を左右するに足りないものである。

四  よって、本件請求は、いずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 曽我大三郎 裁判官 今村和彦 裁判官 杉本宏之)

別紙 本件課税処分等の経緯

別表1 平成元年8月1日から平成2年7月31日までの課税期間

<省略>

別表2 平成2年8月1日から平成3年7月31日までの課税期間

<省略>

別表3 平成3年8月1日から平成4年7月31日までの課税期間

<省略>

別紙

売上等の金額明細表

<省略>

別紙

取引区分

<省略>

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